美味しさのかたち
 酒屋慶風
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食中酒ってどんな酒

 

最近、日本酒の説明に「食中酒」という言葉をよく見かけるようになりました。
どうも、明確な定義のようなものがないようなので少し見ていくことにしましょう。

言葉だけからすると「食事の時に飲むと美味しいですよ。」というように取れます。
でも、日本では昔から食事とお酒は別にするのが習わしでした。
それなのになぜ今、「食中酒」なる概念を伝えようとしているのでしょう。

実は日本酒を飲みながら食事をすると、一緒に食べた料理の素材や調味料が、その性質を舌の上をスクリーンにしたかの如く浮かぶようになります。

「美味しい料理がより鮮明に美味しさを増すことになる。」となればいいのですが・・。
実際は、調味料に例をとってみると、みりんの味が増幅されたり、砂糖の甘さが際立ってきたりと良い事はないのです。
その上、化学調味料とかですとそれが浮かび上がりエグ味が増幅されます。

どうも、「食中酒」と言う言葉を使っていても、普通に食べるご飯ものの料理と一緒に飲めば美味しいですよという意味ではないようですね。
この不思議な日本酒の性質を先人達は上手く利用し且つ文化にまで昇華させていました。

この辺りをもう少し詳しく見ていくことにします。

よく、酒通の方は「寿司をつまみながらお酒は飲むものじゃない。」とか言います。
お酒を飲むときは刺身を盛った「お造り」で合わせるのをよしとします。
それは、寿司飯の酢やその甘さ、傍はわさびに醤油が酒を不味くするともいわれますが、寿司屋さんから見れば、寿司を美味しく食べるにはお酒を飲みながらでは、舌がお酒でマヒして寿司本来の美味しさを充分に堪能できませんよ、ということでもあります。
つまり、お酒を美味しく飲む行為と食事を美味しく摂る行為は別であると考えているのです。

今も酒席ですと、〆にお茶漬けなんて言いますが、これも、「酒席は終わったので食事にしましょう。」ということですからね。

このように書きましたけれど、別に寿司をつまみながら日本酒を飲んではいけないなんてことはありません。
日本酒の持つ、包み込むような懐の深さから言えば、どんな料理にも合うのがそれこそ「食中酒」というものです。
日本酒を飲みながら食べる料理もお酒も双方がより美味しくなる。
これが理想です。
しかしそれはあえて「食中酒」と呼ばなくても、本来の日本酒の姿でもあります。

日本の生活習慣から、日本酒はご飯と同じ捉え方をしていると見た方が分かりやすいと思います。
ワイン的に料理との相性という捉え方をするので、その影響で同じように日本酒もそのような見方になっていったように思います。
本来、日本酒に合うものなら、すべて肴、つまりおかずになるのです。
酒の肴とは、つまりお酒のおかずになれば何でもありなのです。

ここで、一般的に言われる酒の肴を見てみましょう。

イカの塩辛、菜の花のおひたし、さわらの西京焼き、これらは料理としてみた場合には単品料理になります。
つまり、日本酒を美味しく飲むにはそれぞれを単品で味わいながら堪能する訳ですね。
逆にとらえれば、その素材の良さを味わいながら何にでも合わせていける強みが日本酒にはあると思います。
つまり、ワインのように料理との相性を考えるのではなく、今日の料理は何々だから軽めの赤ワインで等々の組み立てを考えるのではないのです。

要するに、お酒としての捉え方が根本的に違います。
ですから、肉じゃがに日本酒は合うのかどうかと問われても返答のしようがありません。
お酒に疲れたから、肉じゃがを挟めば次の料理もお酒も美味しくなります。
箸休めならぬ酒休め(そんな言葉はありませんが・・)そうゆう役目を肉じゃがが担ってくれています。
そんな料理があるからこそいいのです。

ちなみに、肴と書いて「さかな」と読みますね。
酒肴と書くと「しゅこう」と読みますが、これも「さかな」とも読みます。
でも最初は「酒菜」からなのだそうです。
もともと副食を「な」といい、「菜」「魚」「肴」の字をあてていたそうです。
酒のための「な(おかず)」という意味です。
酒のためのおかずなので魚類に限る訳ではないのです。
ただ、酒(さか)の肴(な)として特に好まれていたのがやはり魚類であり、魚(さかな)と同じ読み方から、酒の肴といえばどうしても海の幸が重宝されます。

では、次に料理との例も見ていきましょう。

寿司屋さんや蕎麦屋さんのメニューに「う巻き」があります。
鰻の蒲焼きを卵焼きで包んだものですね。
これなんか、日本酒と肴の関係をよく表していると思います。
お酒と肴の関係は、基本的には「肴はあぶったイカでいい〜」の舟歌の歌詞の通りなのです。
日本酒との相性を見ていくと、「鰻の白焼き」も「あぶったイカ」も理論上同じです。
すると、みりんや醤油、そして氷砂糖を使って作られるタレに浸けた鰻の蒲焼きに合わせるとお酒との相性が悪くなることになります。
そこで、鰻の蒲焼きを卵で包むことで少し和らげます。
すると日本酒の肴としてぴったりの相性になります。
こうして、肴としての料理も進化していき、いつしか定番になっていく訳ですね。
それは、料理人と飲み手とが互いに良い関係になれることでもあるのです。

おでんをあてに熱燗を一杯。
もう冬はこれに限ります。
おでんの具材と日本酒の相性は言わずもがななのですが、この時、おでんのつゆは美味しい昆布と鰹の削り節でだしを採ったりします。そこへ、その具材が馴染みおいしい状態になっています。
このつゆでさえも、より美味しいなあ〜と感じるように作用する日本酒こそが本来の食中酒と言えると思います。

ここでちょっと突拍子もないことを言います。
日本酒とバームクーヘン。
これが、結構合うのです。
材料は卵と小麦粉でしょ。
要するに西洋風の卵焼きお菓子なのです。
ちょっと穏やかな純米吟醸をぬるく燗をして(燗をして美味しくなるタイプのもの)バームクーヘンを食べるとこれが相性いいのです。


さてさて、ご存知、矢代亜紀の舟歌で

しみじみ飲めば、しみじみと〜、思い出だけが行き過ぎる〜

と歌っています。

このしみじみとはどうゆう感覚なのでしょう。
と言って、大上段に構えるつもりはないのですが、要するに、「酒もうまいなあ、肴もうまいなあ」と身体が感じることを指しているのですが、このしみじみ旨いと感じながら飲む酒こそが日本酒でありこの題の「食中酒」なのだと思います。

逆に言えば、この感覚で飲むことの出来ないファッショナブルな日本酒が増えているので、あえてわが社の酒は「食中酒」ですよと案内するようになったのではないでしょうか。

旨い日本酒を飲むこととは、酒の肴を美味いとしみじみ感じながら堪能することなのです。
それが出来るのは、日本酒の本来の姿が食中酒だからです。

つまり、ご飯のおかずとして「ぶりの照り焼き」が美味しいとしても、お酒の肴としては、みりんや他の調味料が効きすぎているように感じてしまいお酒も料理も活きないのです。

それほどに日本酒とは繊細な飲み物なのです。

酒も肴もどちらも美味しく楽しむために、上記の性質を捉えて、酒を飲むときに合う肴や料理が開発されていくことが望ましいと思います。
つまり、酒と肴から日本酒と料理の相性ですね。

この時重要なのが、日本酒が料理のもつ素材を活かすように寄与することです。
これが叶った時に、料理との相性がよく、料理を引き立てる日本酒と言えるのです。

それは、お互いに在る旨味の相乗効果が得られ共に味わいが広がっていく。
酒が一人歩きするのではなく、食とともに、ゆっくりと楽しめる。
これが日本酒本来の姿であり、ここに言うところの「食中酒」なのだと思います。

そうして、現代の食生活に合った美味しいお酒との付き合い方が生まれるといいのではないでしょうか。

2010.02



食中酒ってどんな酒(その2)


                                      
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