美味しさのかたち
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【飲み飽きしない酒とは】

  飲み飽きしない酒。
この言葉、以前は頻繁にキャッチコピーとして使われていたと思うのですが、最近はあまり見かけなくなりました。
本来はとても良い酒を表現する時に使われていたと思います。しかしながら、時代と共にこの言葉の持つイメージが少し変わってきているようです。
日本酒はやはり素直に杯の進む酒が一番だと思いますし、この言葉の持つ意味はとても重要だと思うのですが。
では、この言葉も持つ重要性と今の時代、その辺りを酒の造りからそして酒の味わいから角度を変えて見て行きたいと思います。

まずは酒の造りから見た「飲み飽きしない酒」として、蒸し米を例に取り上げながら見て行きましょう。

外硬内軟(がいこうないなん)

この言葉をご存知でしょうか。
昔から、酒造りの最も重要な工程であるとされる「米を蒸す作業」。
この「蒸し米」の良し悪しを判断する指標として、「外硬内軟」と言う言葉が使われます。
つまり、蒸し上がった酒米の中が柔らかくて外側が硬いものが良い蒸し米だという訳です。
しかし、これは何を意味するのでしょうか、少し噛み砕いてみましょう。

   酒造りの工程では、米を蒸すと次は「麹」です。
一、麹 二、もと 三、造り と言われるように酒造りの工程で最も重要視されるものです。
その時に、酒米が「外硬内軟」に蒸し上がっている事が最良だとされます。

   日本酒は、醗酵タンクの中でその原料となる「蒸された酒米」がその中心まで上手く糖化してくれて、程よく溶けてくれてこそ、それに伴うアルコール醗酵も上手く進み、無理のない形で美味しいお酒になってくれます。
 その為には、蒸した酒米に麹菌が繁殖する時に、麹菌が米の中までよく伸びて繁殖してくれることがとても重要なんですね。
専門用語では、「突きはぜ」と呼ばれます。そうならないものを「総はぜ」と呼びます。
つまり米の中(芯)の方が硬くては、麹菌が中(芯)まで伸びてくれないと言う訳です。

この「蒸し米」の良し悪しは、酒造りを左右する最も重要なファクターだとされています。
この酒米を蒸す作業の前の段階を「原料処理」と呼ぶそうです。
そして、蒸された米を使っていわゆる造りの作業が始まります。
それはつまり、良い蒸し米でなければその後の造りは苦労することになることを意味しています。


   酒造りの難しい理屈はさて置き、美味しい日本酒はこの基本中の基本を踏まえた酒造りから生まれるのだと思います。
つまり、基本をきちんと押さえた酒造りのなされている酒は、タイプは如何あれ飲んだ後に変な余韻が残ることがありません。
いわゆる「後に残る酒」ではないのです。
「後に残る酒」では、杯が進まないのは言うまでもありません。

これが飲み飽きしない酒という言葉の最も伝えたい事なのです。

おそらく以前使われていた時は、この造りの確かさを意味する言葉として使われていたのではないでしょうか。

  では最近はどのような意味合いとして使われれているかと言いますと、どうもこういった事のようです。個性とか旨さとかを謳うような酒ではなく、とても平凡で何だかとても普通に飲めてしまう、それが飽きられずに飲まれる酒であると。
  だから、飲み飽きしない酒というキャッチコピーを使うと、平凡な酒をイメージされてしまい兼ねない。特徴のない酒、イコール普通の酒、惹いては安酒をイメージされかねない。
となって行ったのではないでしょうか。

   最近は香りも良くそして味も良い酒が沢山市場に出てきています。しかしながら、一口目は美味しいと感じるのですが如何せん喉越しに問題があったり、後に残ったりしてあまり爽快な気分とは行かずに杯が進まない酒が散見されます。
これらが基本的な酒造りを怠った所為であるとは思いません。
いやむしろ最新の酒造りの賜物として現代の嗜好に合った酒として市場に出ているのだと思いますが、私には本当の日本酒の旨さが感じられません。

 旨い酒は本来、造りの確かさからくる旨さが伝わってこそ本物であり、旨いから杯が進む訳で、これが本当の「飲み飽きしない酒」だと思います。

名人の造る酒は、自然と調和した旨さがあるように思います。
ただ一見すると素晴らしい味の様に見えながら、喉越しに問題の残る酒が散見されることはやはり残念です。
造りの確かさからくる本物の旨さを体現した「飲み飽きしない酒」であってこそ、それを造った杜氏さんは名杜氏と謳われることになるのですから。

旨い酒のかなでる味わいには、自然と酒が調和した響きがあります。
これをして「飲み飽きしない酒」と呼びたいと思います。

2007年(平成19年)4月

 

                                      
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