美味しさのかたち
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<日本酒甘辛問答>


「この酒は、甘口ですか? 辛口ですか?」

日本酒の場合、初めてご来店されたお客様が発せられる言葉の多くがこの甘口辛口についてお尋ねになられます。

その位、日本酒の味を知る上で最も重要な概念だと認識されているのがこの甘口辛口です。
ところが日本酒の場合、この甘口辛口という基準が実に曖昧なのです。
造りからくるタイプによっても違います。
本当に困ってしまいます。

それから、よく居酒屋さんとかである人が「この酒はちょっと辛口だね。」と感想を漏らすと、すかさず一緒にいた人が、何を言っているの「甘く感じるよ。」と茶々が入ります。
そして、その酒は一体全体辛口の酒なのか甘口の酒なのかとあいなります。

いわゆるお酒の甘辛問答です。
それは、良い意味での日本酒の不思議でもあります。

そんな日本酒の不思議「甘口辛口」を、ここで少し探究してみようと試みました。

まずはワインとの比較から見ていくことにします。
ワインの場合、赤ワインのほとんどが辛口に属しますので、甘口と辛口という概念は白ワインにおいてのものとなります。
その白ワインを選ぶ場合、通常は食事に合わせる時は辛口を、食後に飲む場合は甘口を選びます。
構図がとてもシンプルです。

では、その白ワインで見てみましょう。
白ワインの場合、原料果実である葡萄の糖度がワインの甘辛にそのまま影響します。
よく、「葡萄の収穫時期を決めることが最も重要な仕事なのです。」と言われたりするのを聞かれたことがあると思います。
これは、葡萄が熟していくとそれに伴い果実の糖度が上がります。
しかしながら、それと並行して果実中の酸度が下がります。
ワインという液体の残糖度が高ければ「甘口」ということになりますので、その為には原料葡萄の糖度が高くなくてはいけません。
ところが、原料葡萄の酸度が低ければワインとしての骨格が頼りないちょっとぼやけた感じとなり、味わいも凡庸なものとなってしまいます。
だから、見極めが難しいという訳です。

ワインとしての価値観はさておき、甘口辛口は液体の残糖度の数値を以って大よその判断が付くといえるでしょう。


では、日本酒にこのような見方を当てはめれば上手くいくのでしょうか。
実は今、日本酒においても「新甘辛指標」なるものが提示されています。
上記のワインの残糖度から甘辛を判断するという捉え方と同じような感じです。
ご紹介しましょう。

それは、清酒の中に含まれる有機酸の量と糖分の量で見ていきます。
糖分の中で特に甘さに関係するブドウ糖に注目して、以下のような式で見ます。

日本酒の甘辛度=ブドウ糖濃度(%)−酸度

というものです。

この式を基に清酒の甘辛を4段階に分けて表示します。
日本酒の甘辛度 の値で 
   辛口 : 0.2以下
やや辛口 : 0.3〜1.0
やや甘口 : 1.1〜1.8
   甘口 : 1.9以上
となります。

但し、この指標は一般消費者の方には全く知らされていないことと、それより何より、ほとんどの日本酒の蔵元さんでは、このブドウ糖濃度を計測してその数字を発表していません。
つまり、使いようがないのです。

そして私自身、実際にこの指標を使って表示をしているお酒を試していないので、コメント出来ないのですが、それでも想像するにこの「新甘辛指標」は、ある一面からするととてもシンプルで消費者の人に「甘辛」を伝えるお酒の判断材料としてはとても良いのではないかと思います。

但し、あくまでも目安としてであって、消費者がお酒を選ぶに際し絶対の指標とするようなことがあれば、逆にこのことによって混乱する恐れがあるかもしれません。


では、現在通常に知られている指標と言えば、あの「日本酒度」があります。
こちらを見ていきましょう。

日本酒度
清酒の比重を表示するために設けられた独特の単位です。
この日本酒度は、15℃の清酒に日本酒度計(浮秤ふひょう)を浮かせて測定します。
15℃で4℃の純粋な水と同じ重さのもの(比重1のもの)は、日本酒度は(±)0となり、それより軽いものは正の値、重いものは負の値を取ります。
日本酒度=(1/比重−1)×1,443の関係式で表示されます。
ちなみに、15℃の純粋の水の日本酒度は(±)0ではなく(+)1.26となります。

(注)比重(ひじゅう)とは、「ある物質の密度(単位体積あたり質量)と、基準となる標準物質の密度との比である。」だそうです。
そして通常、「固体及び液体については水(温度を指定しない場合は4℃)、気体については、同温度、同圧力での空気を基準とする。」のだそうです。

要するに清酒の甘味は糖分に由来し、糖含量が多くなれば比重が大きくなり、日本酒度は(−)側になります。
つまり、日本酒度がマイナスということは、糖分が多く甘口ということになります。

また清酒の辛味はアルコールに由来するので、アルコール含量の多い清酒は(+)側に傾きます。
よって、日本酒度を用いて比較する場合は同じアルコール度数で比較しなければなりません。

そしてこの場合も酸度を考慮しなければなりません。
酸味が多い日本酒は、どうしても甘味が隠されてしまうので辛く感じます。
つまり、清酒の甘辛は糖分と酸味成分の量で説明をしなければなりません。

こうして、指標を見ながら甘口辛口を見てきた訳ですが、ここまでは今まで言われていることです。
しかし、これでは結局わからないのです。

それはなぜなのでしょう。
一番わかりづらくしている感覚というのは、日本酒の美味しさには五味の調和と言われるものがあります。
それは「甘辛酸苦渋」です。

たまに甘口の酒で、この五味のうち、それこそ4つの味が抜け落ちているかのようなお酒に出会うことがあります。
甘口の酒であっても、美味しい酒とは感じません。
味わいというものがないのです。
砂糖水にアルコールを混ぜたような感じのお酒ではいけません。

また、辛口の酒を謳い文句にしている蔵元さんが「当社の酒は、辛口なのですが辛く感じないのです。」といってセールストークをしたりします。
これなどは、辛さが特出して他の4味が揃っていなければ、もう辛いだけで味わいも何もない酒であることを意味しています。
まあ、「辛口」という表現をしているけれど、その意味するところは「飲み飽きしない酒」という事であるようです。
鈍重な甘口に対しての位置づけという事ですね。
甘口の酒を悪者扱いにしている訳ではないのでしょうが、誤解されかねません。
本当に伝え方の難しいところであり、悩ましいところです。

そして、現代の日本酒は、大吟醸、純米酒、本醸造、と大変多様化しています。
その上、それぞれの酒質、蔵の個性、等があり、もはや甘い辛いを同じように計ることは不可能だといってもいいでしょう。

日本酒度が+8〜10ある純米吟醸で、「辛口」をラベルに表示しているお酒を販売したとき、お客様から返ってきた感想が「辛口なのだけれど、米の持つ甘さを淡く感じてそれがとても美味しかった。」と言われました。

正に日本酒の持つ不思議です。

こうして見てくると、日本酒の甘辛問答は答えのない世界なのかもしれません。

美味しい辛口の酒、そして美味しい甘口の酒とは何か。
永遠のテーマなのかもしれません。


2010.08


                                      
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