美味しさのかたち
 酒屋慶風
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「ひやおろし」に想う


今年(2010年)の夏は、記録的な猛暑でした。
それからすれば、残暑が長引くのは仕方ない事かもしれませんが、この気候というものは一体どの位まで解明されているのでしょう。

科学が進んで、台風の発生やその進路予想とかはよく情報が分かってきましたが、こうゆう猛暑の原因など本当のところは良く分かっていないのかもしれません。

なぜこんなことを書いているかといいますと、秋は「ひやおろし」と称した日本酒が市場に出回ります。
どうも、この「ひやおろし」の価値観が上手く伝わっていないように感じているからです。
それは、「伝承された日本酒の価値観とその美味しさが飲み手の方にきちんと伝わっているのだろうか」という想いです。


昔、あるいは今でも田舎では、空の色、雲の動き、風の向きや蛙の鳴き声、野鳥の様子、等々でおおよその天気を判断します。
人として生活する上での知恵ですよね。
台風の進路予想は出来ないけれど、明日の天気は予想できたという訳です。

現代人は、こうゆう感覚がほとんどなくなっているのではないでしょうか。

昔の杜氏さんというのは、夏はお米を作るお百姓さんです。
だから、米を作るのに、天気の予測は必須でしょう。
その時の判断材料は、蛙の鳴き声、風の向き、等々だったと思われます。
そうゆう方が、お酒を造るのです。
同じような感覚でモノを見ていたと想像できます。
現代のような科学を利用できないのですから。

そんな、日本の昔からの原風景があればこそ、正に昔の人の感覚があればこその美味しさが、「ひやおろし」なのだと思います。

昔の日本酒における「ひや」という言葉は、「そのまま」あるいは「そのままの状態」つまり「常温」を指しました。
「おろす」とは、物を上から降ろす、移すから転じて貯蔵してあるお酒を樽や瓶に詰める作業を「おろす」といい、それに加えて商売で言うところの卸し、つまり問屋さんが卸すの「おろす」であります。

つまり、秋になって美味しくなったお酒を、出荷時の火入れはしないで、そのまま「ひや」のまま販売します、市場に卸しますということです。

しかし、それには前提があります。
それはつまり、秋になった頃に「秋上がり」あるいは「秋晴れの味わい」と称されるような、春にしぼった新酒が火入れの後、貯蔵タンクで熟成され美味しい酒になっていることです。
その美味しくなったお酒を「そのまま」手に入れること、それを飲むことに価値があるのです。
それから、「ひや」と書いてあるから「冷や」で飲む必要はありません。
お好みで「冷や」でも「燗」でもいいですよ。

こうゆうお酒というのは、現代から見てみると「昔からの酒造り」をして造られた日本酒の概念なのです。
昨今の日本酒の多くは、低い温度で一年中冷蔵保管されており熟成の概念を持たない酒造りが行われている処もあります。
良し悪しや無理を言うつもりはないのですが、現代においては日本酒のロマンといった趣になっているのかもしれません。

しかしながら、「秋晴れの味わい」とか「秋上がり」と呼ばれるこの熟成の妙こそが、未だ解明されない日本酒の美味しさの秘密であり、このメカニズムこそが理屈は如何あれ、伝承されるべき日本酒の良さであると思います。
そこには、科学の入る余地はないと言えます。

という訳で、「ひやおろし」と銘打ったお酒は、この熟成の妙「秋上がり」して美味しくなる酒質のお酒こそがその名にふさわしいと言えます。
本当は、ここを言わないと意味がありません。

出荷時の二度目の火入れをしていなければ「ひやおろし」と言って売ればいい、ということでは決してないのです。


しかし、「ひやおろし」とは酒類業界の業界用語であり、それをそのまま商品名にするという行為は、本当はどうなのかなあ〜と思わないでもありません。
まあ、良いのかなあ。
そうであればこそ、そんな概念をもっと知って於いて貰わなければならないと思います。
ええ、多くの消費者の方にね。

何か、秋になると、日本酒のラベルに「ひやおろし」と書かれた商品が出回るなあ。
あれって、一体何?
それでは、やはりいけないでしょう。

美味しい日本酒の価値と意味がきちんと多くの人に伝わってほしいと思います。


2010.09


                                      
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