美味しさのかたち
 酒屋慶風
     さかやけいふう
【お気に入りの酒と美味しい酒】

女性のお客様で日本酒を求めてご来店頂いた時のことです。
「香りが良くて、わ〜、美味しいっていう感じのお酒がいいですよね。」
とお訊ねしたところ、
いえ、そうゆうお酒じゃない方がいいです。
ときっぱりとお答えになられました。

今から、友人が集って「すきやき」を囲むので、その友人の一人から、そのことを言ってここにくれば良い酒を選んでくれるよと言われて来ました。
との事。

「これはどんな感じですか。」

「しっかりした感じで旨味も酸もあるタイプです。」
「でも、分かりやすい美味しさですよ。」
「すきやきにぴったりかもしれません。」

ここで私は、「美味しい」という言葉を2度使っているのですが、そのニュアンスは違っていると思います。

香りが良くて、酒そのものが美味しいと評判の酒だとしても、飲み手の選び方はこのようになります。
今後はこの事が、お酒を語る上で一番のポイントになるのではないかと思います。

今、巷間いわれていること、それは「日本酒はその有史以来、今が一番美味しい酒が市場に出回っているのではないか」というものです。
ここでいうところの「一番美味しい酒」とは何を以てそのように言われているのでしょう。

少し前に日本酒に対して言われていたのは「お気に入りの酒」という表現でした。
どうも、この辺りにニュアンスの違いが出ているのですが、それは一体なぜなのでしょう。

江戸時代のお酒と今のお酒は、その味比べをすれば、今の方が美味しいと言われています。
ところが、矛盾するかもしれませんが、江戸時代のお酒の方が完成されたものであったとも言われています。
そして、江戸時代の酒を現代において造れるかといえば、やはり無理だとも言われています。
つまり、着物や工芸品、あるいは刀剣、はたまた宮大工の造る家屋、等々、こういった職人さんが作るものも江戸時代のものを見て、今では再現出来ないと言われることと同じようです。
(現実に、ここに江戸時代のお酒がある訳ではないのですが、想像の範囲とはいえこのように言われています。)

美味しいのは今の方なのに、昔には及ばない。
と言うことは、「美味しいって何」ということになります。

日本酒は、昔から燗をして飲むモノとされてきました。
そして、「冷や」とは常温のことを指していました。

すこし前の日本では、家の中で一日中ほとんど湯が沸いていました。
火が身近だったのです。(いろり、火鉢、石油ストーブ等々)
家に湯があるから、お酒を燗にするのにいちいち湯を用意する必要がなかったので、お酒はごく当たり前に燗で飲まれていました。
今の言葉でいえば、インフラが整っていたからということになります。

昨今の日本酒事情として、日本酒は「冷や」で飲まれることが多いですね。
時代が進み、暖房の方法が変わり、現在はその当時のインフラが消えてしまったりしたこともあって、「冷や」で飲むタイプの日本酒が登場してきました。
その代表格が、大吟醸ですね。
毎年、どこの蔵が金賞を受賞するかどうかで気をもんでいます。
この辺りから、日本酒の「美味しい」の意味が違ってきたのではないでしょうか。

そして今では、「冷や」で日本酒を飲むとは、かなり低い温度を指しているようです。
ここにも、酒としての違いを見ることができます。
それは、今の「冷や」で美味しいファッショナブルな日本酒もいいのですが、伝統的な日本酒でなければ燗をしても映えません。

ここに本質的な違いを見なければなりません。
もちろん、昔の伝統を守っている酒が本物であるとかそうゆうことを言うつもりはありません。
しかしながら、燗を前提の酒質と、冷やが美味しいお酒とでは、同じ括りで捉えることは出来ません。


昔の生活の中での日本酒は、毎日食べる「ごはん」と同じ捉え方だったのではないでしょうか。
だから、毎日の晩酌が極めて普通に行われ、お酒だけを飲むのは身体に悪いのとそれだけでは味気ないので肴が用意されました。
肴は、ごはんのおかずと同じ役目なのです。
だから、お気に入りのお酒と一緒に、美味しい旬の肴に合わせるというのがとても楽しみだったのです。
この、お気に入りの酒っていうのを見つけるのが良かったのです。

こうして見てきますと、お酒の美味しさの意味合いが違うということが分かります。
ここを、一緒にして論じてもかみ合わないと思います。
それは、日本酒に美味しさを求めれば求めるほど乖離していくかのようです。
もちろん、何が本当の日本酒の姿ということを言っているのではありません。

すこし、例えを入れてみましょう。

僕のお気入りは「キリッと辛口、燗上がりする酒」さ。
とか、
私は「甘さが自然な感じでゆっくりくつろげるような酒がいいなあ」
とか言いますね。

ここで舌鼓を打つのは、旬の食材を使った料理の方です。
美味しい季節の野菜の天ぷらであり、旬な魚の刺身です。

この時に、お気に入りの酒を供にして美味しく食べ、そして美味しく飲みたいという訳ですね。

これはつまり、
お茶とまんじゅう
紅茶とケーキ
という組み合わせに例えれば、
日本酒と美味しい旬の料理の組み合わせということになります。

紅茶とケーキの場合、ケーキの甘さや美味しさがあって、その時に合う飲み物が紅茶という訳ですが、この紅茶が美味しいといった時、その美味しさが特徴の際立った味ではないでしょう。
ケーキの美味しさを評価する時と、紅茶の美味しさをいう場合、同じ「美味しい」でもニュアンスが違いますね。
これと同じなのではないかと思います。

要するに、伝統的な日本酒は食中酒なんですね。

そうゆうお酒の美味しさの評価とお酒そのものに美味しさを求める場合とでは、やはり違うのではないかということです。

紅茶でも、その味わいが色々と楽しめるものがあります。
フレーバーティと呼ばれているようです。

他の例として、洋服でもビジネスに着る上着とカジュアルな上着を、この生地はこれこれでデザインはこうなっていてと論じても、元々使用目的が違うのですから、そこを踏まえてからでなければ意味がありません。
つまり、何に使用するためにその洋服を購入するのかが最初に分かっているからこそ、この生地はこれこれで、デザインは・・、ポケットは・・、どんなシャツと組み合わせてと話が出来るのです。

どうも、日本酒はこのことが忘れられていたのではないかと思いました。

一括りにされていたように思います。

もちろん、洋服でいえば、衝動買いもあれば、買ってからどのように着ていこうかななんて感じのモノもありますから、日本酒に関してもどのような飲用に適するか明確に出来ないことも確かです。

洋服でいえば、ビジネスにも、カジュアルにも、組み合わせ次第で対応するスーツですとかジャケットですとかありますからね。

そういう見方からすれば、お酒は飲む人の自由でもあります。

でも、やはり指標としての見方はあった方がいいと思います。
その捉え方として、「お気に入りの酒と美味しい酒」という標題にしてみました。


〔あとがき〕
さて、ここからですね。
色々な展開が待っているように思います。
一番は、飲用に供する場合のお酒選びの時に役だって欲しいと思います。

 

                                      
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